~ 東京高裁・民事裁判を迎えて ~

3月11日 東日本大地震が起きました。

死者と行方不明の方を入れると3万人にも及ぶ大災害です。

新聞や、テレビの報道で、大切な人を亡くされた方が多数いらっしゃいました。

いつも側にいるべき人が、突然いなくなってしまう、

その悲しみ、辛さ、苦しさは私には良くわかります。

2007年12月。私の大切な息子を亡くしてから、私は刑事裁判、民事裁判と裁判を続けてきました。

刑事裁判では、被告人 (有)フレイシアの中澤清憲社長に

禁錮1年6ヶ月、執行猶予5年という判決がでました。

しかし、事故後一切を保険会社と弁護士に任せ、私達両親に対するまともな謝罪はなく、

随所随所で、私達遺族は精神的に大きく傷つけられ、

深い悲しみ、悔しさ、苦しさから未だに抜けられません。

確かに、保険会社とその弁護士が、事故後の処理をするのが当たり前なのでしょうが、

被告人は、何もなかったように仕事をしているようです。

それで許されるのでしょうか?

私達遺族は、この悔しい想いを死ぬまで抱いていなければならないのでしょうか?

私はどうしても被告人の姿勢、態度に納得出来ず、

損害賠償を請求するため、

諏訪地裁に民事裁判を起しました。

そこでも、被告人は秀輔に対する謝罪は口先だけに終わり、

その発言は自分を守るための、自己弁護に終始したものでした。

そしてそこでの判決も、我々遺族には全く納得のいかない判決に終わり、

今年1月に私達は、東京高裁へ控訴をしました。

4月11日 大震災からちょうど1ヶ月。

私は東京高裁で再び被告人に対して、秀輔の名誉を守るために戦います。

大切に、育てた16年間。何よりの宝、秀輔を奪った被告人と、

私は三度目の対決をします。

人の命がどれだけ尊く、大切なのかを、被告人にわかってもらうために!!

 

 

 

 

コメントする

カテゴリーINDEX

記事一覧(最新情報)