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~ 10年の月日が流れて ~

2008年12月28日 あの忌まわしい事故から10年の月日が経ちます。長い10年間でした。 そして、秀輔を亡くしてから、父、妹、義父、義母・・・私の大切な人達が秀輔の後を追うように逝ってしまいました。とても寂しい家族になってしまいました。 10年前はみんな揃ってクリスマスを過ごす事が当たり前に思っていました。今、娘は娘のいい所も、悪い所も全て受け入れてくれる伴侶と伴にあります。私にはもう家族揃って、あの賑やかで楽しいクリスマスは遠い夢でしかありません。 プレゼントをねだられた……

~ 新たな家族を迎えて ~

秀輔をなくして9年、 あの事故があってから、 正直なところ9年も生きてこれるとは思っていませんでした。 9年もこの寂しさと、つらさを感じていられるとは思えなかったからです。 それでも時間は着実に進み、早9年経ってしまいました。   今年新しい家族が増えました。 秀輔の姉が今年結婚したのです。 あの事故以来、いいことなんて何一つなく、また考えられなかったのに、 それでも、秀輔の姉は、前を見て、自分の人生をともに歩む伴侶を見つけてくれました。 娘の結婚で、新たな家族が増……

~ コメントを頂いて ~

先日ブログ記事にコメントを寄せて頂きました。 秀輔の事件の影でまだまだ苦しんでおられる方がいる・・・ このような方の存在を知れば知るほど、 何故私の大切な息子は、こんな男に・・・ 自分の力で切り拓いていけた、明るい未来を絶たれなければならなかったのか? 悔しい気持ちでいっぱいです。 そして、加害者はあの事故以降、 何故心から反省して、少しでも人のために生きようとする努力をしてくれないのか? 新ためて強い怒りがこみ上げて来ます。      ……

~ また一つ年を重ねて ~

また、気持ちが重く沈むこの時期を迎えました。 それでも、年末、年始と、あの日から途絶えることなく、 秀輔の友人が家を訪ねてくれます。 あれから8年。いろいろな事がありました。 今朝新聞のエッセイに目が留まりました。 誰もが事故を起こそうとして起こしている訳ではないのだろうけれど、 被害にあった者はただただ辛く、寂しく長い時を過ごさなければなりません。 きちんと謝ってもらえたら気持ちは変わったのだろうか? このエッセイのように、誠意を加害者から感じる事ができたら... 今ひたす……

~ 新聞記事より ~

6年半前に重大な過失運転で、わが愛する息子 秀輔の命を奪ったフレイシア中沢社長が、再び罪を犯し書類送検をされました。   平成27年9月4日の新聞記事によると、諏訪労働基準監督署が、中沢本人とフレイシアの双方を地検諏訪支部に書類送検をしたと書かれています。本人もその罪を認めているとの事です。   起訴内容は、社員の方の給与を払わず、踏み倒した、賃金不払い容疑です。   私なりに調べてみましたが、中澤は、息子 秀輔の命を奪う以前から社員の方々への給……

~ 新年を迎えて ~

12月28日は秀輔が事故に会った日です。 12月29日は必死に生きようと懸命に頑張った末に秀輔が旅立った日です。 2008年のあの日から、この年末の2日間は何をしても気が重い日です。 昨年の12月6日に秀輔の7回忌の法要をしました。 ここで自分自身にも一区切りつけたいと思い、 秀輔の仲のいい友人にお声をかけさせて頂き、 多くの皆さんに参列して頂きました。 忙しい中、たくさんの人が集まって下さり、 親として感謝の気持ちでいっぱいになりました。 命日の29日には、 7回忌の法要に……

~ 7回忌を迎えて ~

今年最初の雪が降りました。 とても寒く、身が凍えます。 秀輔を亡くし、早6年が経ちました。 この12月は7回忌の法要をします。 この次は13回忌。 6年後はどうなっているのかわかりません。 だから7回忌の法要は秀輔の大切な中学・高校の友人を 沢山お呼びしたいと思っています。 来年の3月、大学に通っていたはずの秀輔とその友人が、 卒業します。 次の生活に向けて、秀輔の大切な友達は忙しい日々を過ごしていることでしょう。 そして新しい生活のために地元をはなれ、 みんな離れ離れになっ……

~ 卒業前の夏 ~

秀輔の友が、社会に巣立つ前の最後の夏を迎えている。 野球に、ボートに、秀輔と共にあの輝いた時間を過ごした仲間。 一人、一人自分の行く先を決め、春に向けて巣立つ準備をしている。 私はあの事故からまる5年。 自分の時を止め、家族の時を止め、 気を紛らわせるように仕事をして、生活している。 秀輔の友が社会人となり、社会に巣立って行く時を見つめている。 秀輔の思いを抱いた仲間が社会人となる事は、とてもうれしい。 でも、その中に秀輔の姿を見る事が出来ない私は、 この上なく寂しく、切ない……

~ 秀輔の友へ ~

また5回目の命日が近づいてきました。 私達は5年前のあの日から少しも変わらず 寂しい日々を送っています。 いまだに秀輔がいなくなってしまった事が信じられなくています。 先日秀輔の友から連絡をもらいました。 29日・・・秀輔が旅立った日にまたみんなが集まってくれます。 5年経った今でも、彼らは秀輔を友として忘れないでいてくれています。 成人して、社会に出ている人もいれば、 大学生もいます。 みんな夢や希望に胸を膨らませている前途有望な若者達です。 それぞれ忙しい中、 秀輔を偲ん……

~ 父の命日によせて ~

2008年12月28日最愛の息子秀輔を失ってからもうすぐ5年になろうとしています。 8月1日は私の父親で秀輔の祖父の3回目の命日でした。 秀輔を目に入れても痛くないほど可愛がり、 将来に大きな期待をかけていた父は 秀輔の突然の死により、大きなショックを受けて、 その後わずか1年半でこの世を去ってしまいました。 私はわずか1年半のうちに、最愛の息子と父親を亡くしてしまいました。 突然わが子を奪われた悲しみは未だに癒えません。 その悲しみと苦しみは更に深くなっています。 加害者に……

~ 成人式を迎えて ~

2013年1月13日 空はきれいに澄み切った晴天でした。 ピシッとしたスーツに身を包んだ青年達。 色とりどりに着飾った娘さん達。 秀輔と、共に学び、共に遊び、共に笑いあった仲間が成人式を迎えました。 正直、この中に秀輔の姿が見えない事が、辛く、悲しくて仕方ありません。 本来なら、今日この日私たちは、 秀輔の友達の親御さんと成人式を迎える事を喜びあい、 互いの息子や、娘に未来へ向けてのエールを送りあうべき日でした。 私達の時間は4年前の年末から止まったままです。 秀輔も16歳の……

~ "モーツァルトのメッセージ" によせて ~

秀輔が旅立って、3年が経とうとしています。 この寂しさに一生耐えていかなければならないかと考えると、 切なく、辛くて仕方ありません。 そんな中で、秀輔が幼稚園の年中から始めて、 中学2年まで習っていたピアノ教室のY先生とT先生から、ご連絡を頂きました。 以前から、両先生が心血をそそいで、作っておられたCDが出来上がったとのご連絡でした。 数多い生徒さんの中でも、特に秀輔にとても目をかけて下さった先生方が、 CDのジャケットには、秀輔の写真を入れたいと言ってくださっていたもので……

~ 3回目の命日 ~

また、命日を向かえてしまいました。 秀輔と話す事も、姿を見ることも出来なくなって丸3年です。 私達は秀輔の育って行く日々を、ただ当たり前の事と信じて疑わなかった日々。 この喪失感は埋める事ができません。 先日ブログで悔しい思いを綴ったばかりです。 加害者の(有)フレイシア 中澤清憲社長から、 昨日供物が一方的に宅配で送られてきました。 本当に気持ちがあるのなら、自らが来宅するのが、 本当の姿であると思います。 私達は供物を要求しているのではないのです。 真摯な謝罪と反省を求め……

~ 3年経って ~

2008年12月28日 悪夢のような恐ろしい日からすでに3年が経とうとしています。 あの時から、私の家族は12月がなければいいと思うようになりました。 お正月もいりません。 今考えてもまったく信じられない3年間でした。 何人もの人に、"時が経てば・・・"、"時が解決してくれる"と言われました。 時は3年経ちました。でも何も解決してくれません。 私は今だに夢なら覚めてくれと思う毎日です。 いつまでたっても悲しみは消えません。 これからも時が経てばどうなるというのでしょうか? 3……

~ 8月1日 父の命日 ~

8月1日 今日は私にとっては父、秀輔にとっては祖父の命日です。 秀輔を失ってから、1年と半年後。 父は秀輔の死を嘆き、悲しみ、 そのため体調を大きくくずし、命を縮めてしまいました。 そして昨年の8月1日に秀輔の元へと旅たちました。 今は秀輔と一緒に私達を見守っていてくれていると思います。 私はまだ秀輔の息づかいが聞こえます。 声が聞こえない日々はありません。 今だに秀輔の姿をいつも追い続けています。 私は秀輔を失い、生きがいを失くしてしまいました。 そして父が亡くなり、もっと……

~ 東京高裁・民事裁判を迎えて ~

3月11日 東日本大地震が起きました。 死者と行方不明の方を入れると3万人にも及ぶ大災害です。 新聞や、テレビの報道で、大切な人を亡くされた方が多数いらっしゃいました。 いつも側にいるべき人が、突然いなくなってしまう、 その悲しみ、辛さ、苦しさは私には良くわかります。 2007年12月。私の大切な息子を亡くしてから、私は刑事裁判、民事裁判と裁判を続けてきました。 刑事裁判では、被告人 (有)フレイシアの中澤清憲社長に 禁錮1年6ヶ月、執行猶予5年という判決がでました。 しかし……

~ 卒業式 ~

2011年3月5日 晴れ 今日は秀輔が通った諏訪清陵高校の卒業式です。 3年前の4月。学生服に身をつつみ、まぶしい位の笑顔で、 大好きな友達に囲まれながら迎えた入学式。 今でも目に浮かびます。 あの時の私は、私や秀輔の姉が学んだ学び舎で、秀輔もまた学び、 いつか私を超えていってくれるものと信じていました。 私は秀輔が最後に買ったipodに秀輔が好んで聴いた曲を入れ、 その曲を聴きながら、卒業式を思い浮かべていました。 秀輔が卒業式でクラスメートと並んでいる姿を・・・ 秀輔、お……

~ 命日にて ~

2010年12月29日 秀輔の2回目の命日が来ました。 失ってから、どんなに秀輔が愛しくて、大切な人であったか・・・ 今だに寂しく、辛い日々を送っています。 秀輔の友人は今大学受験の真っただ中にいます。 その秀輔の友人が、この心身共に忙しい中、 秀輔のために自宅に来てくれました。 野球の友、学校の友、端艇部の友・・・ 私と同じ気持ちでこの2年を過ごしてくれていた秀輔の友人。 どんなに忙しくても、秀輔のために集まってくれた18人もの友。 親として、私は、こんなに秀輔を大事に思っ……

~ 民事裁判・判決を前に ~

加害者である中澤清憲被告及び(有)フレイシアに対して起した 民事裁判が,昨年11月末に始まって以来,1年が経とうとしています。 加害者の中澤被告には被害者とその家族の 悔しさ、寂しさ、苦しさをまったく理解してもらえないまま、 民事裁判の判決が12月22日に出ます。 心からの反省も、誠意ある謝罪もまったくしないまま 被害者家族にまだムチ打つように、 判決前に又求人広告を掲載しています。(平成22年12月12日 長野日報) 風のうわさで聞こえてくる加害者のうわさ、 なぜひとりの人……

~ 三回忌法要 ~

12月5日 少し早い秀輔の三回忌法要を行いました。 あの事故さえなければ、秀輔は大学受験に大忙しであったはず 秀輔の素晴らしい仲間がそれぞれの道へ巣立って行く前に、 どうしても今一度、秀輔とみんなを一緒に過ごさせてあげたい・・・ と思ったのです。 法要には50人を超える大勢の仲間が、秀輔のために参列してくれました。 受験のために1分1秒が気になるこの時期にも係わらずです。 あの事故から2年たった今でも、彼らは (秀輔は)自分たちの仲間だと、 (秀輔は)大事な友だと、 思ってく……

~ 2回目の誕生日 ~

9月23日 秋分の日 私と秀輔の誕生日です。 16歳で時を止めてしまった秀輔。 昔からの秀輔の友人が集まり、祝ってくれました。 寂しくて、温かい誕生日です。 12月で3回忌・・・言葉を聞くと月日の流れを感じます。 でも、悲しみや辛さは消えません。 秀輔の友人は成長し、来年は一人一人、自分の未来に向かって羽ばたいていきます。 こんな誕生日はこれが最後かもしれません。 それでも、今だに秀輔のために集まってくれる友人。 彼ら一人一人、胸の中にいつも秀輔を思い、巣立っていってくれると……

~ 沖縄の海 インターハイ ~

先日諏訪清陵高校端艇部の先生より沖縄インターハイの写真を頂きました。 秀輔が端艇部に入部し、このインターハイに出る事を目標に頑張っていた大会です。 私も秀輔の素晴らしい友人たちが、活躍する姿をこの目で見たいと望んでいましたが、 秀輔の祖父であり私の父が、8月1日に亡くなってしまい、残念ながらその願いは叶いませんでした。 諏訪の地から台風が通過する沖縄の海を心配しながら、 彼ら端艇部をずっと秀輔と一緒に応援していました。 端艇部のみんなは、秀輔の写真を胸に抱き、ローイングスーツ……

~ 父を亡くして ~

7月31日午前5時17分 秀輔の祖父・・・私の父親が82才で他界しました。 秀輔を亡くして1年と半年。 この短い間に2度も喪主を務めることになってしまいました。 それも息子と父親の・・・。 父は秀輔を失って以来、精神的に大きく落ち込んでしまい、 ほとんど毎日泣いている日が続いていました。 秀輔がいない事を嘆き、 何故、自分が身代りになってやれなかったかと悔やみ、 まともに謝罪せず、民事裁判にも出席しない加害者を最後の最後まで恨み続け、 ロウソクの火が消えるように、静かに命の灯……

~ 沖縄へ ~

先日新聞に1つの記事をみつけました。 諏訪清陵高校の端艇部がインターハイに出場するにあたっての記事です。 1年と7カ月前、私の息子秀輔も、この仲間の一員として沖縄でのインターハイ出場を 目標に、練習に練習を重ねていました。 記事の中で、「亡き友の分も漕ぐ」と題し、秀輔へのメンバーの想いが綴られていました。 秀輔が亡くなり、秀輔がいなくなっても、変わらずに彼らは沖縄インターハイ出場を目指して、頑張り続けてくれました。 いつまでも秀輔と一緒にいてくれていました。 涙が出るほどあり……

~ 夢への翼 ~

下諏訪町立図書館に"夢への翼"というコーナーができました。 昨年末に息子の記憶が、色あせないようにと追悼集 "君という名の翼" を作り図書館に寄贈しました。 その折に、下諏訪で育ち、下諏訪を愛し、本が大好きだった息子の意志を残していきたいと思い、子供向けの図書を併せて寄贈しました。 そして、そこに掲げられた"夢への翼"の看板 図書館の方々が、息子の追悼集"君という名の翼"から"翼"をとってつけて頂いたようです。 子供達が、秀輔と一緒に夢に向かって羽ばたいて欲しい、そんな思いの……

~ 信号機の設置 ~

3月25日、事故現場に信号機がやっと設置され、点灯しました。 秀輔を2008年12月29日に失ってから、1年と3ヶ月・・・複雑な思いでいっぱいです。 以前から犠牲者、被害者が出ていたにも係わらず、行政の安全対策に対する不満。 もっと早く信号機が設置されていたら、秀輔は今も私と一緒にいれたのに・・・という悔しい想い。 それと同時に、「秀輔、お前の犠牲を決して無駄にはしない」と堅く自分に誓った思いが、やっと実現できた安堵感。 今私の中では、2度とあの場所で、悲しい事故が起こること……

~ 秀輔の命日を迎えて ~

今日は秀輔の命日です。あれから1年経ちました。秀輔の姿を見ることが出来ず、声を聞くことも出来なくなって1年です。今思えば、何の話をするでもなく、同じ家に住み、姿を見、ああ、今日も元気だと・・・思えた日々が幸せでした。子供たちと家族一緒に暮らしていくことができることが当然の事と思っていました。未だに、ただいまと帰って来るようで、気持ちはずっと秀輔を待ち続けています。良く時が解決してくれると聞きます。しかし私達は、1年経っても何も変わりません。寂しさ、切なさ、悔しさ、で胸の中は一……

~ 交通事故から1年・・・一周忌法要 ~

12月20日に秀輔の一周忌の法要が終わりました。一周忌の法要に間に合わせたくて、追悼集の作成に力を注いできました。ようやく追悼集も完成し、お集まり下さった方々へ、秀輔が少しでも皆さんの記憶から色あせぬようにと願いを込めてお贈りました。お集まり頂いた秀輔の友人、知人、お力添え頂いた方々、親戚に・・・皆さんと共に秀輔喪った事を、悼み、悲しみ、秀輔を偲びました。 今年一年、追悼集が出来た事、民事裁判の訴訟をおこした事、今までの辛い、寂しい気持ちをこのブログに綴って来ました。私達は2……

~ 県警への要望 ~

諏訪市の山田市長から県警に点滅信号機設置の要望書が提出されました。 私共が提出した上申書が波紋を呼び、道路整備に漕ぎ付けたことは大変ありがたく、 嬉しく思います。 その反面、事故が起こる前に、 住民から危険と要請が出ている時に何故対応してくれなかったのか・・・ 事故は起きてしまってからでは遅いのです。 今まで以上に、安全対策、危険予防に行政は力を注いで欲しいと思います。 息子の死を無にしないように!!……

~ 諏訪市の対応 ~

新聞に道路が整備された記事が掲載されていました。 秀輔の事故からほぼ4ヶ月たってのことでした。 路面に描かれた大きな"止まれ" 今回の整備はまだ1部分にすぎません。 事業費は約100万円・・・ もっと早く、前回の事故の後に対応していてくれれば・・・ 100万円の代償はとても大きく、 行政の責任は重大であると思います。……

~ 諏訪市からの回答 ~

3月24日 諏訪市から回答がありました。 交差点内の整備 路面の表示 カーブミラーの設置 信号機の設置・・・ 2度と痛ましい交通事故が起きなければ・・・と願ってやみません。 住民の安全と安心を守ることが行政の最大の役割であると思います。 この事故を真摯に受け止め、今後も同様の事故が絶対起きないよう、市内全ての箇所での安全対策をお願いします。……

~ 諏訪市への陳情 ~

2月26日 2度と同じような悲しい事故が起きないように諏訪市に「上申書」を提出しました。   上申書(原文)  私共は、昨年末交通事故で死亡した小林秀輔の両親です。  秀輔は、長野県立諏訪清陵高等学校の1年生でしたが、平成20年12月28日午後3時20分頃、諏訪市高島4丁目2695番地付近の交差点を、自転車にて諏訪市立城南小学校方面から、西友諏訪城南店方面に進行中、折から、諏訪郡医師会方面から社団法人建設業界諏訪支部方面に進行中の中沢清憲((有)フレイシア社長 諏訪……

~ 2度と事故を起こさないために ~

秀輔が亡くなった交差点は以前から事故の多い交差点でした。 3年前にも、自動車と二輪車の死亡事故がありました。 接触事故も多く、この道を通学路にしている小、中学校の子供は車におびえながら歩いていました。 運転者に徐行を喚起する表示も信号もありません。 諏訪市が3年前死亡事故が起きていた時に、改善してくれていれば・・・ 今回の事故は起きなかったかもしれない・・・ 秀輔のような悲しい事故を起こさないために、私の出来る事をしました。 諏訪市に再発防止に対する上申書をあげました。……

~ きせき16・つばさ16 ~

秀輔が高校時代のほとんどを費やしたボート 今そのボートに秀輔はいません。 秀輔の好きだったGreeeeenの曲 「きせき」 こぶくろの「君という名の翼」 16才で逝ってしまった秀輔 今、湖には、秀輔の思いを乗せ、"つばさ16","きせき16"という名のボートが 秀輔の青春を共にした、仲間とインターハイ目指して練習に励んでいます。……

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